大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 平成5年(わ)939号 判決

裁判所書記官

草野徹

本籍

大韓民国

住居

広島市西区己斐大迫三丁目五番八号

会社員

中村雅之こと趙性光

一九四四年一一月一〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官上田高広出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人中村雅之こと趙性光を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、不動産の仲介等を目的とする有限会社シーアイホームの取締役をしていたものであり、株式会社ダイホウ(以下「ダイホウ」という。)は、広島市中区国泰寺町一丁目三番三号に本店を置き、不動産の売買等に関する事業等を目的とする株式会社、木村靖弘は、ダイホウの代表取締役としてその業務一切を掌理していたもの、古谷芳行は、ダイホウの取締役として、その不動産売買等に関する業務を担当していたもの、長谷川勝彦は、医療用機器等の販売等を目的とする株式会社ノバ総合企画(平成三年一二月一八日以降の商号は長興産業株式会社)の代表取締役をしていたもの、長谷川龍三は、交通安全施設諸資材の販売等を目的とする有限会社安全施設(以下「安全施設」という。)の代表取締役をしていたものであるが、被告人は、右木村靖弘、古谷芳行、長谷川勝彦及び長谷川龍三らと共謀の上、ダイホウの業務に関し、法人税を免れようと企て、ダイホウ所有の土地を売却するに際し、ダイホウと真実の買受人との間に安全施設が買受人・売渡人として介在しているように仮装した土地売買契約証書を作成し、売上の一部を除外する方法により所得を秘匿した上、ダイホウの昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度における実際の所得金額が一〇億八三九八万七四二五円で、課税土地譲渡利益金額が一二億三三九〇万一〇〇〇円であったにもかかわらず、平成元年一一月三〇日、同区上八丁堀三番一九号所在の所轄広島東税務署において、同税務署長に対し、同事業年度における所得金額が三九八万七四二五円で、課税土地譲渡利益金額が一億五三九〇万一〇〇〇円であり、これに対する法人税額が四六五三万五九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同事業年度分の正規の法人税額八億二三四九万四八〇〇円と右申告額との差額七億七六九五万八九〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

括弧内の番号は検察官請求の証拠番号を示す。

一  被告人の検察官に対する供述調書一一通(検一五六ないし一六二号、二一八ないし二二一号)

一  木村靖弘(七通、検一六六ないし一七二号)、古谷芳行(一七通、検一二七ないし一四三号)、長谷川勝彦(六通、検一四五ないし一五〇号)及び長谷川龍三(三通、検一五二ないし一五四号)の検察官に対する各供述調書

一  坂本文男(二通、検五二、五三号)、奥田敏夫(検五四号)、井上尊雄(検五五号)、石井啓三(検五六号)、川崎哲朗(二通、検五七、五八号)、北本吉治(検五九号)、古川雄一(二通、検六〇、六一号)、山本昌治(二通、検六二、六三号)、藤川信雄(検六四号)、大津浩一(検六五号)、元安敏之(検六六号)、金子随道(検六七号)、内藤静彦(検六八号)、川田吉造(検六九号)、江種幸男(検七〇号)、森木康夫(検七一号)、吉井英博(検七二号)、増田博俊(検七三号)、金子浩明(検七四号)、林清人(検七五号)、日高健治(検七六号)、柿本修(検七七号)、山本宏政(検七八号)、前田征寛(検七九号)、森本照文(検八〇号)、木村曉美(検八一号)、中岡憲美(検八二号)、河添ヒロ子(二通、検八三、八四号)、閑田邦彦(検八五号)、中村性福こと趙性福(検八六号)、丹山京子(検八七号)、伊藤正子(検八八号)、反田光一(検八九号)、太田婦美枝(検九〇号)、増田京子(二通、検九一、九二号)、間下笑子(検九三号)、加島幸一郎(検九四号)、樋口善久(二通、検九九、一〇〇号)、田中博文(二通、検一〇一、一〇二号)、江口孝治(検一〇三号)、川崎胖(検一〇四号)、島川範俊(二通、検一〇五、一〇六号)、叶谷秀樹(三通、検一〇七ないし一〇九号)、安永勝一(一〇通、検一一〇ないし一一九号)及び新井健二(六通、検一二〇ないし一二五号)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の告発書(検一号)、脱税額計算書(検二号)及び売上高調査書(検三号)

一  商業登記簿謄本二三通(検六ないし二八号)

一  不動産登記簿謄本八通(検二九ないし三六号)

一  検察官事務取扱副検事作成の捜査状況報告書二通(検四一、四二号)

一  検察事務官作成の捜査状況報告書(検四〇号)、写真撮影報告書(二通、検四三、四四号)及び電話報告書(検四九号)

一  押収してある法人税決議書綴一綴(平成六年押第二八号の1)

なお、弁護人は、被告人の検察官に対する供述調書中、被告人が、古川芳行らからダイホウ所有の土地(以下「本件土地」という。)の売買に介在させるダミー会社探しを依頼された当初からダイホウの法人税ほ脱に加担する明確な犯意を有していた旨供述している部分は、取調べの検察官が被告人の弁解を聴かず、誘導ないし誤導による取調べをしたこと、あるいは理詰めの追及をしたことによるものであるとして、その任意性及び信頼性を争い、被告人も当公判廷において、勾留中に二回にわたり取調べ検察官に供述調書の内容の一部につき異議を述べて当該部分の削除を求めたところ、取調べ検察官は削除することを承諾したが、結局削除されなかったものであると供述しているので、この点について検討する。

関係証拠によると、被告人は、本件により平成五年一二月一五日勾留され、翌一六日には、検察官に対し、「裁判官の勾留質問時には脱税について知らなかったという弁解をしたことになっているが、自分の真意と異なって受け取られてしまうと心外であるから説明する」旨及び「脱税について知らなかったと言った意味は、被告人自身ダイホウの税金申告手続には関わっていないため、具体的申告額や脱税額がどのくらいになるのかということまでは知らないという意味である」旨のダイホウ側の脱税意図を認識していたことを肯定する内容の供述をしていること(検二一九号)、その後も、本件脱税の犯意を肯定する内容の供述調書が複数作成されていることが認められるところ、本件証拠を精査するも、右の自白調書の作成に当たり、取調べ検察官が被告人に対し、誘導ないし誤導及び強引な追及を行ったものと疑うべき事情は何ら窺えない。

なお、被告人は、取調べ検察官に削除を求めた供述部分について、当公判廷において、当初は、雑談ないし一般論として述べた事柄が本件についての事柄として記載されている部分であると述べていたが、後に本件脱税の犯意の発生時期に関する部分についても異議を述べたと供述するなど、右公判供述は、いかなる点について削除を求めたのか自体が曖昧であること、被告人自身、勾留された当時選任していた弁護人に対し、検察官が被告人の弁解を聴きいれないこと、あるいは供述調書の内容に異議を述べ削除を求めたことなどは全く訴えていないと述べていることに照らすと、直ちに信用することができない。

したがって、被告人の検察官に対する供述調書につき、任意性に疑いを差し挟むべき事情は見出せない。

(法令の適用)

一  罰条

刑法六〇条、六五条一項、法人税法一五九条一項(懲役刑を選択)

二  刑の執行猶予

刑法二五条一項

三  訴訟費用の負担

刑訴法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(一)被告人は、本件法人税ほ脱の実行行為である虚偽過少申告行為には直接関与しておらず、本件土地の売却に当たってなされた所得秘匿行為に関与したに過ぎないこと、(二)仮に、所得秘匿行為が法人税ほ脱の実行行為に該当するとしても、被告人は非身分者であるから、法人税ほ脱の共同正犯が成立するためには、所得秘匿行為につき、正犯と同視しうる程度の積極的関与が必要であるが、被告人が古谷芳行らの脱税の意図を認識した時点では、すでに本件土地売買の真実の買主及び安全施設をダミー会社として介在させること等の決定がなされており、被告人が右認識後に関与した行為は、本件所得秘匿行為の付随的部分に過ぎないことを理由として、被告人は本件の幇助犯に過ぎない旨主張するので、検討する。

被告人が本件法人税の虚偽過少申告行為に直接関与していないことは記録上明らかであるが、事前の所得秘匿工作のみに関与した場合であっても、ほ脱を共同して実現し、自らも利得する意思の下に、事前の所得秘匿工作につき重要不可欠の役割を果たした場合には、共同正犯(ほ脱犯の事実行為を虚偽過少申告行為に制限する見解によれば、共謀共同正犯)が成立するものと解すべきであるところ、前掲の証拠によると、被告人は、本件土地の売却情報を得て、ダイホウの古谷芳行及び木村靖弘(以下「古谷ら」という。)にその売却仲介方を申し出ていたが、昭和六三年三月ころには、古谷らから本件各土地の売却価額が総額一七億四〇〇〇万円(坪当たり四〇〇万円)であるとの情報を得て、独自に買主を探していたこと、同年五月ころ古谷らは、本件土地の転売利益として一〇億円程度を確保したいと考え、そのため、前記売却価額を維持するとともに、ダイホウと真実の買主の間にいわゆるダミー会社を介在させ、ダイホウの売上金の一部を除外し、譲渡所得の一部を秘匿して脱税することを決意し、同年六月六日付で、ダミー会社からダイホウに手付金六〇〇〇万円が入金されたかのような偽装工作を行ったこと、被告人は、そのころ右古谷から、本件土地の売却仲介にあたっては、買主のみならず、中間に介在するダミー会社も調達するように指示されたため、同年七月ころから、本件土地の売主側の仲介者として、買受けを希望する三甲不動産株式会社(以下「三甲不動産」という。)の仲介担当者らと頻繁に連絡して売買交渉を積極的に進める一方、同年八月ころ、知人の長谷川勝彦に対し、相応の報酬を支払うことを条件に、税金対策のため不動産取引において中間省略する会社を探してほしいと述べて、ダミー会社探しを依頼したこと、右長谷川勝彦及びその兄の長谷川龍三は、右依頼を、脱税のためのダミー会社探しと理解した上、同月下旬ころまでに、右龍三が休眠状態の会社である安全施設を買取り、被告人の依頼にかかる会社として準備したこと、被告人は、これを古谷らに報告し、被告人及び古谷らとの間で、被告人を仲介役とし、安全施設をダミー会社として介在させて、本件土地を前記売却価額で三甲不動産に売却することを決定したこと、被告人は、同年九月二日ころ、三甲不動産側に対し、税金対策のため本件土地をいったんダイホウの関連会社に売却した上、三甲不動産に売却する旨告げたこと、また、三甲不動産側の要請を受けたことから、ダイホウ、安全施設間の本件土地売買契約書(契約日は、前記仮装手付金入金日と同日に遡らせた。)を作成したこと、その後、被告人は、ダイホウ、有限会社シーアイホーム(以下「シーアイホーム」という。)間の本件土地売却に係る専任媒介契約書等を同年六月一日付で作成し、安全施設、シーアイホーム間の本件土地買受け仲介に係る書類は作成していなかったところ、これも三甲不動産側の要請があったため同年九月七日付で作成したこと、また、古谷らと協議して、被告人の報酬額を九〇〇〇万円、安全施設関係者の報酬額を一億円としたこと、その後、ダイホウ、三甲不動産間の右売買交渉はいったん不調となり頓挫していたが、同年一一月上旬ころ、再開され、被告人が売主側仲介者となって、売買契約が成立し、被告人は前記額の報酬を得たこと、これら一連の契約過程において、被告人は、ダミー会社である安全施設の実態、資産状況等について何ら関心を払った形跡がなく、安全施設の役員らに本件土地の売買条件等について指示を受けたり、報告した事実もないこと、安全施設との専任媒介契約書も前記の経緯で作成されたもので、様式も杜撰なものであったこと、被告人は、古谷らと、安全施設の本件土地買受け、売却の仲介をなす名目で七〇〇〇万円の報酬金を得ること、右金額については、シーアイホームの帳簿上、計上しない扱いとすること、前記長谷川兄弟に合計一億円の報酬が支払われることを協議していること、被告人が昭和五五年ころから、不動産取引に従事しており、真実の売買当事者間に、第三者を介在させて売買形態を仮装する脱税の手口を知っていることが認められる。

これらの事実に照らすと、被告人はダミー会社探しを依頼された当初から古谷らの脱税の意図を了解していたものと認めるに十分であり、被告人が本件土地の売主側の仲介役として、買主探し、ダミー会社調達、売買交渉、契約書類等の作成、送付、契約及び代金決済の立会い、三甲不動産から代金支払いのため交付を受けた小切手の換金、報酬の分配等に終始関与しており、古谷らの計画した脱税の実現に不可欠な役割を果たしたこと、その結果少なくとも九〇〇〇万円の報酬を得たこと、ダイホウが虚偽の税務申告を行った後、安全施設に対し再三税務申告をするよう促し、そのため、長谷川龍三らに要求された金員を自らの負担で支払い、本件脱税の発覚防止に務めていることを総合すると、本件において、被告人が幇助犯にとどまるものとは到底解されず、共同正犯に当たるものと優に認めることができる。

従って、弁護人の主張は、採用することができない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 野島香苗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例